ツインレイの出会いは恋の終わりではなく魂の始まり
- magicdragon0304
- 18 時間前
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出会いというのは日常の中に紛れているものです。
(元のインスタグラム動画も、併せてご覧くださいね😊)
「ツインレイなんだから、分かりやすい定義とかないの?」と思われるかもしれませんが、私の中では「決まった形はない」と思っています。あえて言うとした「自分にとって一番無理のない形で出会う」それだけではないでしょうか?
その出会いにドラマ性はあまりなく、すぐにビビッとくるようなものではないことだってあるのです。
ツインレイかもしれないと思ったきっかけ
まず何よりも「生き方が似ている」それが一番強い感覚でした。
苦労した点や、今の悩み、今抱えている課題…そういったものがどことなく似ているのです。起こった場所や強度の差異はあれど、その出来事から学ぶものが同じなのです。
例えば「容姿について」深く悩んでいたとします。片方は幼少期の頃にからかわれたことで、片方は親の言った何気ない一言で…それが棘となって刺さったまま、大人になっても苦しんでいたりする。その「まるで鏡のような存在」がツインレイであると思っています。
相手の人生観や悩みが見えてくると、自分の抱える苦しさや不安がどんどん浮き彫りになってくるのです。
運命という言葉の裏にあるもの
「運命の人」というとなんだかとてもロマンティックで、ドラマティックに思えるものですが、実際は「自己統合を余儀なくされる出会いである」ということです。
だから苦しいし、だからこそ痛い…
自己統合については今後はココナラコンテンツマーケットにて語っていく予定ですので。ここではあえて申し上げられませんが、気付いたらとても生きやすくなっていた…それだけは確かです。
こちらの動画も是非、ご参照くださいね💗


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